英語の参考書マニア状態だったがこれではダメなのだとようやく分かってきた。ノートを用意して一冊を完全に仕上げるか、もっと強力な目的意識のもとに――例えば一冊の洋書を制覇するとか――英文を読まなければいけないと思った。大人が参考書をやるのがつらいということの実態が見にしみてくる。目移りしやすぎなのだった。

 ということで一冊見繕って翻訳を作りながら読むこととした。何にしようかな。

ドイツ語とフランス語の勉強を本格的に始めた。教科書をちまちまとノートに書き写したり、音読したりしていたが、あまりにもだるい。基礎知識のインストールがだるすぎる。発音すらできない。英語と違うバリヤーはこれだ。こんなところで頓挫してもしょうがない。ので、音声教材に切り替えた。多読ではなくて多聴で当面は乗り切る。教科書は文法書として、理解できない文章が出たときに引くように使うことにする。

読むことと書くことは等価である。
というのも読むことが理解、即ちパラフレーズの体系である限りにおいてそれは、書くことだからだ。

従ってリソースとして「読む」「書く」は同じものを奪い合っている。
書きに午前中が適しているのなら、読みに適しているのもまた午前中である。
読みに疲れたら書けないし、書きに疲れたら読めない。


疲れたら他のことをするしかないが、何をすればいいだろう。

今日読んだ本

・オフィスの「事務改善」
・20世紀の思想

7時間ほど書き物をしたら、脳がすごくつかれて、本が読めなくなった。
気分転換に数学でも解こうとしたがそれも無理だった。

翌日起きてみて分かったが、この頭の重苦しさと乾燥。
明らかに風邪である。